神幽現救世真光文明教団神幽現救世真光文明教団

2.現界での人生修行

人生の始まり
人間の魂は、霊体と共に霊界から現界に来る。魂が妊娠5カ月頃の胎児の松果体(しょうかたい。額の奥約10センチメートルの所にある、松かさ状の組織)に入り、霊体が胎児の肉体に入ると、それまでいた霊界の記憶はすべて忘れさせられて、知覚も0となり誕生する。これは、過去の記憶があっては人生修行の妨げになるからである。胎児の肉体に霊体が入ると同時に幽体が作られ、肉体と共に発育する。

背後霊(はいごれい)
現界は神になるための人生修行の場であるから、神の命により霊界から5人の霊が派遣され、各人に付き添う。これを背後霊という。たいていは男の先祖霊である。目には見えないが、誰にでも背後霊はいるのである。背後霊の役割は、その人の一生を監督し、記録することにある。再生回数が多くなるほど守護もされるようになるが、一般に守護はあまりない。背後霊はその人の性格、思想、行動等の一切を記録し、神裁きに報告する資料を作る。人間は自分独りだと思って悪いこともするが、常に5人の背後霊に見られ、記録されていることを忘れてはならない。

人生修行とは
現界での修行とは人生修行のことであって、決して特別に宗教的修行をすることではない。例えば坐禅で一日中坐っていれば修行だろうか。しびれを切らして痛いだけ。それよりは実社会の中で、毎日を汗水たらして働くことの方が心身ともにはるかに苦労である。それが世の中のためになり、神への業績を積むことになり、それが本当の修行である。

神は実社会において人生修行をさせるために人間を現界に生まれさせた。しかし人間の修行の場である社会・家庭等から抜け出して一堂にこもり働きもせず家庭もおろそかにするなどということが許されるのだろうか。

つまり、宗教をやるために生業や家庭等を犠牲にすることは宗教の原則に反することであり、罪となる。

人生修行とは、罪は反省し、人間として正しく生きることである。それには一切の人間等の仕組みを知ることが大切である。

霊障について
今までたいていの人間は何らかの悪霊に憑依され、よほど本人の意思が強くしっかりしない限り悪霊に邪魔され(霊障を受け)、正しい人生修行をしようにもできない人が多かった。本人の前生(ぜんせい。前回の人生。人間はたいてい何回目かの人生を歩んでいる)の悪業の報いで怨みの霊に憑依されている人も多い。本人が幽界でミソギ終わって霊界から再生してきても、怨霊はまだ存在しているからである。さらにこれに神罰も加わる。いずれにしても、霊に憑依されていれば霊障を受け、人生修行の妨げになる。霊障は修行ではない。人間は「健」の状態で人生修行をするのが本来の姿である。

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